英国駐在員の日々雑感


by winchesterpark
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スコットランド紀行2009 

6月7日(日)から6月21日(日)の2週間にわたって休暇がとれましたので、徒然にイギリス国内の旅にでました。

最初の一週間はスコットランド古城街道への旅です。今回は18世紀にヴィクトリア女王が夏の保養地として選んだ、RiverDee(ディー川)のエリアです。ディー川はスコットランドの山岳地方から3番目の都市アバディーンに流れる川ですが、とても静かな清流で上品な雰囲気の川です。川沿いには数々の古城が残っているのですが、中でも一番奥にあるのがバルモラル城です。現在でも夏至を過ぎると英国女王エリザベス2世はバッキンガムからここバルモラルに保養のために滞在します。今回はエリザベス女王より一足早くディー川エリアを訪れることにしました。
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▼6月7日(日) (ロンドン→グラスゴー) 
まずは、愛車のBMW320iで一気にグラスゴーへ。朝8:00にロンドンの自宅を出発しましたが、スコットランド第2の都市グラスゴーに到着したのは夕方の17:00。今回宿泊したホテルはちょうどBBCスコットランドの対岸にあり、隣に科学博物館他モダンな建築物がならびます。グラスゴーは英国の中でも建築デザイナーが憧れる都市でモダンな建築物がたくさんあることで有名です。中村俊輔選手が所属するサッカーの名門セルティックもここグラスゴーが本拠地です。ロングドライブで疲れたので、ビールを1パイント飲んで、たっぷり睡眠をとりました。
以下の写真はグラスゴーのホテルから見た「BBCスコットランド」と「グラスゴー科学博物館」です。
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▼6月8日(月) (グラスゴー→クインーンズビュー→ブレア城→エドラタワー蒸留所→バラター)
2日目は早起きしていよいよスコットランドの奥地に進んで行きました。まずは大英帝国のヴィクトリア時代からのリゾート地である「ピトロッホリー」へ。ここには時のヴィクトリア女王が愛した美しい眺めが堪能できます。その名も「クイーンズ・ビュー」。タンメル湖を覆うようになだらかな丘陵地が続きます。ロンドンの慌ただしさを避けてヴィクトリア女王がこの地を訪れたのが1866年です。今でもその景色は変わらず、ハイキングコースを楽しむ人でいっぱいです。
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次に訪れたのが白亜のブレア城です。正門をくぐった後にブレア城に続く並木道がとても長く壮大で、しばらくするとその白亜の素敵な姿が見えてきます。
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数ある古城の中でも13世紀から増築・改築を続けて現在にいたるのは、城主の「アーソル公爵」がハイランドでも屈指の明主で、イングランド・スコットランドの戦国時代にあっても、スコットランド・メアリ女王やイングランド・ジェイムス2世に認められていたことがあげられます。地理的にもエジンバラよりにあることから、イングランド軍にも破壊されずに残されました。スコットランドで唯一、独自の私兵「アーソル・ハイランダーズ」を有するほど、その地位が高かったことをうかがい知れます。現在、ブレア城の舞踏場では、世界バッグパイプ選手権が毎年開催され、ハイランダーの聖地となっています。
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旅はまだまだ続きます。
その後訪れたのが「ピトロッホリー」の北にある「エドラダワー蒸溜所」です。
1825年に造られ、小川を挟んで、白壁のかわいい建物(蒸溜所)が並んでいます。
スコットランドで最も小さな蒸溜所といわれていますが、エドラダワー(Edradour)の10年物は本当に最高です。同じハイランドの「マッカラン」と比べても「マイルド」な味わいで、「シングルモルト」のウイスキーとしては最高傑作といえます。
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ロンドンでは買えない希少価値のあるウイスキーでここで10年物のボトルを買いました。
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「エドラダワー蒸溜所」を後にいよいよ峠を越えて、ディー川沿いの古城街道を目指します。
峠のスキーセンターで車を止めてハイランドを見下ろしたのですが、その「雄大な景色」にやはりスコットランドは何度来てもいいなと思いました。
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峠を下っていくとようやく「River Dee」が見えてきました。本当にゆっくりとした清流で、昨年訪れた伊勢神宮の横を流れる清流と似た雰囲気でした。
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2日目の宿泊地「ヒルトン・バラター」に到着です。高緯度のスコットランドは、この時期、午後10:00になっても、「白夜」が続きます。
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▼6月9日(火) (バルモラル城→キルドラミー城→フレイザー城→ダノッター城→ダンディー)
3日目の朝は、いよいよ「バルモラル城」です。城門にはバッキンガム宮殿と同じ、エリザベス女王のイニシャル「ER」が、あまりにも広いのでまずは相乗り馬車で本城の近くまでいきました。
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まもなく、バルモラル城が見えてきます、本当に広いの一言です。
1858年に、ビクトリア女王の夫であるアルバート公が初めてここを訪れた時、次のように言葉を残しています。
The way in which the building and grounds come out gives me much pleasure
and surpasses my fondest expectations.

本当にすばらしい。
この城と庭に通じる道を歩いていると、想像以上に、喜びと幸せを与えてくれる。
1858年 アルバート公 バルモラル城にて

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クイーンお気に入りの庭園。
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歴代、クイーンが愛用していたティーカップが展示されています。
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「バルモラル城」をあとに北に1時間ほど車で山道を走ると、そこに「キルドラミー城」があります。とはいっても栄華を誇るロイヤルファミリーの城「バルモラル」とは対照的にそこには、廃墟となった城が・・・。
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13世紀に造られたその石造りの城は、かつて、スコットランドで最も美しく、堅牢な城だと言われていましたが、スコットランド軍のジャコバイトの本部があったため、イングランド軍に破壊されてしまいました。ただし、舞踏会が催されていたであろうホールや、チャペルなどは原型を留めており、当時の姿がよみがえってきます。
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「キルドラミー城」は本当に何もない山道の中にあったのですが、そこの受付のおばちゃんが本当に親切にいろいろ教えてくれました。
その後、車を北から東に進めて、スコットランド3番目の都市アバディーンの近くにある「フレイザー城」を目指しました。2時間位で到着したのですが、時間は残念ながら16:30を回っており中には入れませんでした。
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「フレイザー城」は1575年に起源をさかのぼる華麗な城で、一昨年訪れた「クレイキーバー城」と似た造りです。大雪に備えて縦長の造りになっているのが特徴です。
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庭園がとてもきれいでした。
その後、3日目のフィナーレを飾る城が「ダノッタ城」です。アバディーンの南、「ストン・ヘブン」という漁村の岬の先にその古城はあります。岩壁にそびえるその城は、ケルトの伝動所として建てられたのが4世紀といわれています。その後北欧よりバイキングに侵略され城となります。この城はシェイクスピアの映画「ハムレット」の舞台にもなったことで有名ですが、何よりも度重なるスコットランド・イングランドの戦乱の歴史を語ってくれます。
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ここ「ダノッタ城」は、バイキング侵略後、13世紀には、イングランドの城となりますが、スコットランド独立の英雄「ウイリアム・ウォーレス」が1297年に、イングランド軍を陥落させます。その後は17世紀まで、スコットランド独立象徴の城となります、ウォーレスの死後、ロバート・キースが歴代城主として継承し、メアリースコットランド女王もこの城を1564年に訪れています。しかし1715年の「ジャコバイ軍の反乱」で城主もこれに加担したことから、イングランド軍の反撃で反乱は鎮圧され、城は廃墟となってしまいます。スコットランドの最も東にある地理的優位性や岩山からの見晴らしの良さが、大航海時代にはかかせない要衝として大事な城だったことがうかがい知れます。
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岩山の上まで登ると過去の城の面影がよみがえってきます。水平線がとてもきれいです。
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その後スコットランド第4の都市「ダンディー」まで車を走らせ、ヒルトン・ダンディーに宿泊。

▼6月10日(水) (グレイム城→セント・アンドリュース→ロスリン教会→ストボー城)
4日目は、朝食を早めに食べて、あのシェイクスピアのマクベスの舞台にもなった、「グレイム城」に直行しました。1372年に築城されてから、一貫して同じ城主を続けてきたのが、ストラスモア・キングホーン伯爵家。現在も彼らの居城となっています。こちらもエントランスからの並木道がすばらしかったです。
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イギリス王室ともつながりが強く、エリザベス女王の母エリザベス王太后(Queen Mother)も何度も訪れていることで有名な城です。
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次に、車を南下させて、ゴルフの聖地セント・アンドリュースを目指しました。
ゴルフの全英オープンの開催地で有名なこのゴルフコースには、世界中からゴルフファンが訪れます。以下の写真は、第一コースのティーショットグランドです。
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ゴルフ博物館には歴代優勝者のグリップの模型が展示されています。こちらは「ジャック・二クラウス」の握りです。意外と普通ですね。
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セント・アンドリュースはゴルフだけではなく、数々の遺跡も残されています。
もともと「セント・アンドリュース」とは守護聖人伝説に起源があり、キリスト12使徒の「聖アンドレ」の遺骨がここに漂着したという伝説がもとになっています。大聖堂の建設は1160年から始まり、宗教上の拠点として多くの巡礼者がこの町に集まり始めました。完成した大聖堂は東西に108メートルという巨大なものでした。さらにスコットランドの守護聖人の聖地を守るために城も建設され、1200年に完成します。
しかし、城は常に戦争の標的になりイングランドのエドワード1世に占領され、さらに16世紀には宗教改革の波で、城と大聖堂はどちらも破壊され廃墟となってしましました。
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廃墟となった今でも、海風を遮るように大聖堂の壁面が残っています。
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大聖堂の一部だったタワーも残っています。
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タワーを登るとセント・アンドリュースの町なみを一望できます。
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セント・アンドリュースをあとに、さらに南下してボーダー地方へ車を走らせます。エジンバラの南に「ロスリン・チャペル」という、あの「ダ・ビンチ・コード」で有名ななったチャペルを訪れることにしました。現在、修復作業中なのですが、入口の彫刻がとても素晴らしいです。守護聖人が入口で迎えてくれます。
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ステンド・ガラスが遠くに見えます。
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レオナルド・ダ・ビンチが残した謎がここで解明されます。
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さらに、車で南下すると、最終日の宿泊地「ストボー城」に到着です。
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昔のお城をホテルに改築したここ「Sutobo Castle Hotel」は大変過ごしやすい雰囲気でした。
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▼6月11日(木) (ストボー城→湖水地方→ロンドン)
最終日は朝食を食べていよいよロンドンまでロングドライブです。途中、湖水地方のドライブインで休憩して、家路についたのでした。 
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以上、スコットランド紀行でした。走行距離は1200マイル(約2000km)でした。
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by winchesterpark | 2009-06-07 02:48 | 英国紀行